お伊勢参りの道 参宮街道明和町
写真

斎宮跡の南を東西に走る伊勢街道
三重県の歴史街道 伊勢街道の概要の一部
伊勢街道は、日永の追分で東海道から分岐して、 伊勢湾沿いを南下し伊勢へと至る。その距離およそ十八里。 日永の追分、白子、津、六軒、松坂、斎宮そして伊勢への ルートは、近世にはほぼ固定され、幕府によって脇街道として整備された。
「伊勢に行きたい伊勢路が見たい。 たとえ一生に一度でも」と 伊勢音頭にも歌われ、多くの人々があこがれた伊勢参り。
もともと伊勢神宮は皇祖神を祀る神社として、 一般人は 参拝することができなかったが、平安時代以降、 天皇・貴族の権力が衰えると、武士、そして庶民にも伊勢信仰が 広がり、室町~戦国時代ごろには庶民の伊勢参宮もかなり一般化していたという。
また 御師(おんし)と呼ばれる人々が地方に赴いて布教活動を行い、 各地で「講(伊勢講)」と呼ばれる組織を作り、組織的に伊勢参りをすすめていった。
斎宮
祓川 松阪市と明和町の境界を流れる
祓川橋
道標 弘化4年(1847)建立
「従是外宮三里」と刻まれている
稲木を行く街道
斎宮遺跡地図
斎宮歴史博物館
斎王の森 斎宮跡のシンボルゾーン
斎王宮跡解説
斎王宮跡
斎王宮井戸跡
斎王宮跡掘立柱建物跡
いつきのみや歴史体験館
古代米の栽培
史跡の10分の1模型
史跡の10分の1模型
斎王まつり「斎王群行」
天皇の名代として伊勢神宮に祈りを捧げた皇女
毎年六月初頭の土曜日曜日に
斎王を偲ぶ「斎王まつり」が開催される
天然記念物 斎宮のハナショブ群落」
天然記念物 斎宮のハナショブ群落
江戸時代中期の門
竹神社へ向かう伊勢街道
竹神社前の伊勢街道
竹神社本殿 斎王にゆかりの地
有明六地蔵庚申堂三棟
有明六地蔵石幢 永正10年(1513)のもの
上野
山ノ神三基 勝見の交差点に建っている
安養寺と庚申堂
上野を行く街道
水池土器製作遺跡
土器焼成坑跡
土器焼成坑跡
明星~新茶屋
転輪寺 真宗高田派の寺院
転切妻・連子格子の家が並ぶ明星の家並み
転切妻・連子格子の家が並ぶ明星の家並み
転切妻・連子格子の家が並ぶ明星の家並み
道標 嘉永6年(1853)建立 明野への分岐点
三忠(擬革紙資料館)
弘法太師堂前の伊勢街道
江戸時代から参宮客の信仰を集めていた
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